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最高裁判所第三小法廷 昭和50年(行ツ)70号 判決

大阪府吹田市山手町四丁目一三番三〇号

上告人

明原常一

右訴訟代理人弁護士

峰島徳太郎

大阪市東区大手前之町一番地

被上告人

大阪国税局長

徳田博美

大阪市茨木市上中条一丁目九番二一号

被上告人

茨木税務署長

北村寿

右両名指定代理人

平塚慶明

右当事者間の大阪高等裁判所昭和四九年(行コ)第七号裁決取消並びに所得税等決定処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五〇年二月二八日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人峰島徳太郎の上告理由について

所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、独自の見解に立って原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 江里口清雄 裁判官 関根小郷 裁判官 天野武一 裁判官 高辻正己)

(昭和五〇年(行ツ)第七〇号 上告人 明原常一)

上告代理人峰島徳太郎の上告理由

原判決は、租税特別措置法(以下単に措置法という)第三五条一項(昭和四四年法律第一五号による改正前のもの)の解釈適用を誤った違法がある。

一、原判決は、同法三五条は、同法三七条との関連から課税の繰延べを図ったもので課税を減免するものでない。とする。

しかし乍ら、同法三五条第一項は、居住用財産の買換えの場合における譲渡所得の金額について規定し、同項第二号の場合は、「譲渡所得の金額は、ないものとする。」とし、課税を減免するものに外ならない。

後日買換えにより取得した資産を譲渡する時に、その取得価額をどのように計算するかは確かに同法三七条が規定しているが、これは、取得資産譲渡時における計算の方法を規定したまでで、むしろこれは当然のことを規定したものである。課税の繰延べでなく、取得財産を後日新に譲渡する以上その取得財産を計算して譲渡益をみて課税されることは当然のことにすぎない。本条の特例の立法趣旨は、居住用財産の買換えを租税上より容易ならしめて住居建設の促進を図るという一点にその立法趣旨が存するもので、その買換えによる取得資産の譲渡(極めて少ない事例)まで課税を延引しておくことなどを趣旨とするものではない。結果的には極めて少ない事例として後日右の如き取得財産の譲渡が行われるが、その時はその時点における譲渡税がありうるが、これは買換時の譲渡税でなく、また買換時の譲渡税が延引していたものではない。仮りに後日取得財産を譲渡しなかった場合課税が行われないのは当然のことである。原判決の如く事実上課税を減免されたのと同じになるのでなく課税する根拠がないのである。

二、しかして、いみじくも最高裁昭和四二年五月一九日第二小法廷判決「昭和四〇年(行ツ)第八七号所得税審査決定処分取消等請求事件」(民集二一巻四号八九六頁)は理由中で同条は、「居住用財産買換えの場合において譲渡取得の課税を減免するための要件」(同集八九九頁)と解釈している。

すなわち、譲渡所得のないところには課税しない。いわば課税要件の根幹を定めたものと解しているのである。

三、このことは何を意味するかといえば、原判決の如くの特例を「居住用財産の買換をした者に当然認められるのではなく……この制度を利用し課税の繰延べを求めるかどうかは納税者の意思に委ねられて」いるものではないものである。

まず第一に、納税者に繰延べを求めるか否かその選択を法は志向していない。選択の余地なき程課税減免を求めるのが全部である。原判決が指摘する如く繰延べを求める場合が考えられるか、また考えられるとしてそれは本法の立法趣旨が意図する住宅建設の促進に適合しうるか。課税減免を求めないで、繰延べを求めてなお且つ立法趣旨に適合する事例がありうるだろうか。本法の立法趣旨とは離れた趣旨から繰延べを求めるならばそれは法自体が相反する二つの目的を追及するということになって全く理解に苦しむ。

四、原判決は、措置法三五条三項は特例適用のための必須の要件であるとする。しかし乍らそもそも譲渡所得の全くないところにたまたま右手続要件が踏まれなかったとして、これがあるが如く、またあるものとして課税することは我々の法感情からして許容されることであろうか。譲渡所得の全くないところ、課税すべからずとするは課税要件の根幹である。手続的要件の覆践がないといって、課税の根幹をゆるがすが如き重大な過誤をおかしていいものであろうか。その意味で、三五条三項は効力規定ではないものである。

五、買換の事実調査が必要なること当然で右調査を容易にするため、これを申告納税制度の申告の範ちゆに入れているにすぎないのである。このことは三五条の適用を受ける申出に対し税務署長がこれに対応する格別の処分を要するという規定もないところからみても明らかである。

六、原判決引用の第一審判決の認定するところによれば、上告人は措置法三五条一項所定の居住用財産買換の場合に該当し、課税の特例適用のための実体的要求を充たしている。問題は手続的要件についてであるが、上告人は、茨木税務署長から昭和四一年一一月一二日付の「新増築された建物についての照会」に対し所要の事項である建物の構造、建築費用ならびにその調達方法を記入して同月二二日右署長宛に提出した。右署長は翌四二年三月一五日の確定申告期限前に上告人を税務署へ出頭を求めたところ同月三〇日に出頭したが、担当者不在のため無為に終り時日が経過した。同年八月一日税務署長は上告人に「譲渡所得のお知らせ」をもって推計譲渡所得金額を通知し、誤りがあれば同月一〇日関係書類を持参出頭するよう求めたので、上告人は指定された日、翌九月二回に亘り出頭し居住用財産の買換にあたる旨を説明した。

右二回について担当係員のより適切な指導があったならば事態は異なった方向に進展していた可能性がないとはいえなかったかもしれぬが、結局上告人は税務上の手続を軽視し、これに真剣に対処する意思を欠いて、本件決定処分のときまで法定の書類は提出されなかった。これは上告人の責に帰しえない「やむをえない事情」があったとはいいがたいというのである。

七、しかし乍らすでにみたとおり三五条適用の実体的要件は具備していることは明らかである。すなわち課税要件の根幹をなす譲渡所得のない場合である。その上、上告人が税務署長に積極的に買換えの意思を表明しているのも原判決事実認定のとおりである。ことさら上告人が買換えの意思を表明するのに支障がある格段の事由はなかった。そうすると、要は適切な指導さえ税務署長がしておれば、またなしえたのに慢然放置したために上告人が不利益を甘受することになったのであって、期限後申告の方法によって買換の意思を表明させば容易に右上告人の不利益が解消しえたのにこれについて不親切であり、課税の根幹に反する不利益を上告人に一方的に押しつけるが如き事由は、到底われらの法感情より容認出来るものではない。右の如き事情下では三五条三項但書の「やむをえない事情」に該当するものと解する外なく、この点に関する原判決の解釈適用の誤りは違法である。

以上

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